主人公がいい。

人間は会話で出来ている。

それぞれが自分なりの『楽しい』を満喫している。

 

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「お前、自分のこと天才だと思ってるもんな?」

 

 

迷子で存在感を失っていた夏が元通りの行路に返り、久々に真夏の日照りを感じさせた。 信濃町にあるビアガーデンとBBQが堪能できる場所で、会社の人たちと仲良く休日ライフを楽しんでいた。 座席は決まっておらず、ランダムに個々が座りたい席を指定して座る形式。 自分が座ったところは、大人しめな人たちが陣を取る席だった。 初対面の人との挨拶も交わし終え、各々が好きな話をして、ビアガーデンとBBQを楽しんでいた。 そんな中、一人、遅刻をして自分たちの席に入り込んできた。 彼は、一杯の生ビールを飲むと顔を真っ赤にして、唐突にも可笑しな質問をしてきた。

 

 

「そんなこと思ってないですけど?」

 

 

新卒で入社した自分は、この中では一番、階級的に、立場が低い。 空いたジョッキがあればすぐにドリンクを注ぎ、赤い部分がなくなるまでコロコロとトングでお肉を転がし、食べ頃になると上司のお皿にそそくさと分け入れた。

 

 

「でもお前の態度って、さも自分は天才ですよ的な態度をしてるよ?」

 

 

同期入社の仲間たちは別のテーブルで、しかもその席には上司や先輩がいないためか、ワイワイと楽しくBBQを満喫している。 一人、独裁者・アドルフヒトラーの生まれ変わりのような同期の男が、席も立たず、女の子たちに肉を焼かせ、お酒を持ってこさせているのが見えた。

 

 

「そのつもりは毛頭ないですよ」

 

 

自分たちのテーブルの鉄板は脂まみれになっていて、新しい肉を入れる度にぴちぴちと脂が跳ねあがり、散弾銃のように手や腕の皮膚を攻撃してくる。

 

 

「天才ってどっちの意味で使ってます?」

「どっちというと?」

 

 

大層怪訝な顔つきで、多少の睨みをきかせて聞いてきた。

 

 

「天才って2種類あって、相対的な、誰かと比較しての天才と、絶対的な、自分の意見や価値観が唯一無二である天才。 要するに、ナンバー・ワンとオンリー・ワンの二種類の天才の形があるんだと思っていますけど、先輩はどっちの意味で使ってます?」

 

 

屁理屈…辞書的な意味でいうと、合理的ではない様子ということらしい。 また、本人は筋が通っているつもりで力説をしているが、他人からすればこじつけか苦し紛れの言い訳にしか聞こえないという意味合いでもある。 自分は昔から屁理屈体質だった気が、しないでもない。

 

 

「確かに、自分の存在はオンリー・ワンだとは思います。 ただ、この中で誰よりも計算が早いとか、底なしの博識家っていうのは全く以て一ミリも思ってはいないですよ」

 

 

面白い質問を投げかけてきた先輩のお皿にもお肉を取り分けてあげた。 彼はさっきよりも薄いが、まだ赤い顔色をしている。

 

 

「自分が誰よりもナンバー・ワンであると思えるのって相当な勇気が必要だと思いますよ。 それこそ、先輩みたいに、多義的な、人によって捉え方が異なる言葉を平気で投げかけることができる勇気は凄いなあって思います」

 

 

酔っ払ってることをいいことに、ここぞとばかりに嫌味を言い放つ。 後日、会社で会っても今日のこの日の出来事を思い出せないように、彼のジョッキに生ビールをなみなみに注いであげた。

 

 

「ってか、自分は何かの天才だと思って生きていないと、つまんなくないですか?」

「じゃあ君はどういうところで天才だと思ってるの?」

「それは言いません。というか言えません。 いくら自分が、ある分野において天才だと思っていても、結果がないことにはそれはただの思い上がりの勘違いになりますし、所詮オンリー・ワンで思っているだけですから、他者に判断されるようなことでもないし、共感とかされなくても全然いいものですから」

 

 

君は頑固で意地っ張りで頭でっかちだよね、と言われたことがある。 硬い系のワードを3つも並べられるとどうしようもなく、むしろ「ふむ。」と感嘆の声が漏れる。 まるで予想外のところに白石を置かれて一発逆転を食らったオセロゲームだ。

 

 

「それは自己満足じゃないの?」

 

 

周りのテーブルは、色とりどりにトウモロコシや人参や肉を鉄板の上に敷き詰め、ゴージャスなBBQを楽しんでいた。 顔を真っ赤にした酔っぱらいと今もなお奇天烈な議論を繰り広げている自分は何しにここに来たんだろう。

 

 

「けど、人生ってそんなもんじゃないですか? もし、その分野において結果がでなければ自分は天才ではなかった、ただそれだけの話だと思います」

 

 

仕事から解放された休日を無邪気な子供のように楽しむ先輩、意中の人と相席になって照れて上手に笑えないけど幸せを感じている同期の彼、ベビーカーを押して普段は見せないママの顔をしているパートの女性、それぞれが自分なりの『楽しい』を満喫している。笑顔は偏在的だ。