主人公がいい。

人間は会話で出来ている。

自分の猪口才なさのしっぺ返しを喰らった。

 

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「私ってこわいかなあ」

 

 

金曜日、仕事が長引き、いつものメンツでの飲み会に合流することが出来なかった。 もう家に帰って早めに床に就こうかと帰り支度をしていると、同期の女の子から飲まないかという誘いを受けた。 帰っても熱燗片手にセンスのないテレビ番組をみて、芸能界という世界に憧れを抱きながらコックリと幻想の世界に行ってしまう夢虚ろな時間を過ごすことになるだけだから、ということで二つ返事で快諾をした。 その子は早めに居酒屋に向かい、途中から自分は参加することになった。 数十分遅れで居酒屋に到着して、最初の一杯目の生ビールをごくごくと飲んでいると、彼女はシリアスな顔で相談をしてきた。

 

 

「ん?俺はあんまりこわいとは思ったことはないけどね」

 

 

彼女の唐突な質問で、生ビールを勢い良く飲んだ後にやりたいことベスト3に入る『ぷはぁ〜』はおあずけとなってしまい、ゲップ混じりにそう答える。

 

 

「でも、いきなり、なんで?」

「なんかね、みんなが私のことを”こわい”って言って避けてくるんだよね」

 

 

その子は、とても独創的で、常人とは違った(いい意味で)オーラを放っている。例えば、服装一つとっても、各パーツに対しての力の入れ方というか人が選ばないであろう代物を身に着け、それが彼女らしさを強く表すのだ。『外面は内面を映し出している』というのは、あながち嘘ではないのであろう。

 

 

「でもそれは、こわいっていうよりも皆が君の存在を言語化できていないだけだと思うよ」

「どういうこと?」

「皆は君がどういう人なのかわからないんだよ。 近寄り難くて、近寄れないからわからなくて、だからこわいって表現しやすい言葉で思考停止させちゃってるんだよ」

 

 

居酒屋に入ってから、生ビールを一杯しか頼んでいない自分を気遣ってか、同席していた先輩がフードメニューを広げて、何か注文は?と聞いてきてくれた。 時刻が22時を過ぎていたし、空腹のピークはもうとっくの昔に過ぎてしまっていたから、皆でつまめるような軽いおつまみをいくつか選定した。 店員を呼ぶ魔法のボタンをぽちっと押して、安くてお手頃なおつまみを注文したが、儲けにならない客だと判断されたのか、すこぶる無愛想な接客で饗された。 それはサービス業としては褒められたものではなく、これも渋谷クォリティーなのだろうか、と塩からい気持ちで食べ物を待った。

 

 

「理解の過程には、言葉が必要だからね。 君がどういう人かって言葉で言い表せられない限り、こわい人カテゴリーに収納されちゃうよね。 理解できないものに恐怖心を抱いちゃうのも、脳がそれで認知しちゃってるからなんだと俺は思うよ。」

 

 

いつもの説教癖が始まった。 熱心であるといえばそうなのだが、聞いてもいないこともプラスαで説いてしまうのは悪い癖である。 そういう熱弁をするのは、熱すぎるテニスプレイヤーだけでいいのだろうな。

 

 

「しかも、君は自分から人を寄せ付けないようにもしてるよね。『私はあなたたちとは違うのよ。あなたたちみたいな甘っちょろい生き方してないんだからね』みたいなのが全身からビシビシと伝わってくるよ」

 

 

さっき注文した軽いおつまみが仏頂面を絵に書いたような店員が運んできた。 おぼんには、ほかほかポテトとタルタルソースのチキン南蛮とシーザーサラダとクリームコロッケという居酒屋の鉄板メニュがのっている。

 

 

「そんなにオーラ放ってる?」

「うん。痛いくらい」

 

 

生ビールで満たされたお腹は、おつまみ程度の食べ物が入るスペースもなく、シーザーサラダの葉っぱを一枚カリカリとハムスターのように口を小さくして食べる。

 

 

「そんなにビシビシと全身で邪気放ってたら、相手の間合いには入れないよ」

 

 

貰いタバコ専業であることを知っている先輩が、『まあ吸えよ」と一本タバコをくれた。 貰ったタバコに火を炙り、力いっぱい思いっきり吸い込み、一気に肺から煙を出す。 サラダの葉っぱとタバコの葉っぱを器用に食い分け(吸い分け)ながら、いつものように上から目線で言葉を言い放つ。

 

 

「武士になりたかったら、あと3年は修行が必要だね」

「武士になるつもりはねーよ」

 

 

期待通りの返答に気を許してしまったのか、途中まで吸い込んでいたタバコの煙がうまく喉を通らず、ゴホゴホとむせ返り、自分の猪口才(ちょこざい)なさのしっぺ返しを喰らった。